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SS『The bride for one minute』

久しぶりに、進撃リヴァペトSS『The bride for one minute』です。


このお話、支部にはだいぶ前に投稿済みだったんですけど、こっちに上げるのすっかり忘れてました。
明日はバレンタインデーですし(←まったく関係ない)、ちょっと甘くてほんわかするお話を・・・ということで。
進撃も、ユニバやら映画やら実写やら・・・あとアニメもうすぐ2期制作開始なのかな?楽しみですー。



進撃/リヴァペト




花吹雪が舞っていた。
抜けるような青空の下、白の衣裳に身を包んだ二人が教会の前で祝福を受けている。
金の髪を美しく結い上げた彼女はヴェール越し、零れるような笑顔で隣に立つ男を見上げていた。






『The bride for one minute』






リヴァイとその班員たちが旧調査兵団本部である古城に拠点を移してから、半月が経った。
少数精鋭だけでの新たな生活は、その特殊な任務故に皆最初こそ戸惑いも大きかった。しかしもともとリヴァイの下で何度も死線を越えてきた者たちばかり、すぐにこの環境にも順応した。そして問題の新兵に対してどこかぎこちなかった班員たちはその新兵ーーーエレンの巨人化実験失敗を機に逆に打ち解け、今ではエレンも先輩兵たちと共に過ごす生活に馴染んできた。

そんな中、その日は古城に移ってから初めてのまともな休日だった。昨日の合同演習が雨の中行われたため班員の疲労が大きく、リヴァイの計らいで丸一日完全休養日にあてられることになったのだ。
とはいえ日々の洗濯や食事は不可欠だ。何しろたった6人だけの生活のため、休日ではあったがそれぞれ与えられた当番の仕事はしなければならずーーーもちろん上官で事務仕事のあるリヴァイを除いてーーー午前中はそれぞれ厩舎の掃除をしたり薪を集めたりと雑務をこなしていたようだが昼過ぎにはそれも終わり、ぱたりと物音がしなくなった。

とても静かな午後だった。

グンタは立体機動装置の整備をすると言っていたから私室だろうし、ペトラはこの機に皆の兵服の繕いものをまとめてするのだと食堂の大きなテーブルに裁縫道具を広げていたからそこにいるに違いない。エルドは恋人に会いに行くと朝から出掛けていったきり、オルオも実家に顔を出してくると言い残して昼食後ふらりと城を出て行った。エレンは同期の様子をみてきたいとリヴァイに進言してきたが、あいにく一人での行動を制限されているためそれも叶わず、結局グンタと一緒に部屋で整備の手ほどきを受けているらしかった。
休養を命じたリヴァイもまた、ため込んでいる書類を片付けるため部屋に籠っていた。一段落ついたところでペトラが裁縫の合間に持ってきてくれた紅茶を飲みながら、結局休日らしい休日を過ごしているのはエルドとオルオだけかと半ば苦笑しつつ一息ついているうちに、いつのまにか寝てしまった。


花吹雪と人々の歓声。金の髪に白いヴェール。そして鼓膜を揺らす祝福の歌・・・。
ーーーーーどこからか、歌が聴こえる。


書類を顔にのせたままソファでうたた寝をしていたリヴァイは、夢と同じく微かに聞こえてきた歌声に揺蕩う意識を浮上させた。
朝はもちろん昼寝であっても寝起きの悪いリヴァイにとって、その歌声は最高の目覚まし時計だった。ーーーもっとも、つい今しがた見ていた夢は最低だったが。
夢見が悪かったせいでどこか気怠い身体を無理矢理ソファから起こすと、リヴァイは夢の残滓を払うようにひとつ頭を振った。その拍子に肩からブランケットが滑り落ちる。自分で掛けた覚えはないからきっとペトラだろう。よくよく見れば茶器も下げられていた。
人の気配に気づかないまま寝こけているなど、らしくないなと自身に呆れる一方でそれがペトラだからだと半ば諦めのような自覚もある。それほどまでに自分は彼女に気を許しているーーー部下としても、それ以外の理由としても。
開け放したままの窓からは相変わらずとぎれとぎれの歌声が聞こえていた。リヴァイはソファに体を預けたままぼんやりと心地よいソプラノにしばし耳を傾けた。
この古城で小鳥の囀りのような声の持ち主は一人しかいない。
窓を閉めようと窓辺に立ち下を見ると案の定、予想どおりの人物が洗濯物を取り込んでいる最中だった。
「もうそんな時間か・・・・」
時計を見れば夕食当番がそろそろ竈に火を入れる時間に差し掛かっていた。夕べも遅くまで書類と格闘していてあまり寝ていなかったから思っていた以上に疲れがたまっていたらしい。昼食後のほんの仮眠のつもりが随分眠ってしまっていたようだ。それを知っていたからペトラもあえて起こさなかったのだろう。
・・・・たまにはこんな日があってもいいか、と思う。
半月後には次の壁外調査が控えている。きっとかつてない過酷なものになるという予感があった。それに伴いこれからさらに忙しくなるのは明白だ。多分もう、こんな休日は作れないだろう。

昨日の雨模様とはうってかわって雲ひとつない晴天だった。
空から再び眼下へ視線を向ければ風に煽られたマントやシーツがはためく中、時折金色がちらちら見え隠れしている。
肌寒い季節へと移行していくこの時期にしては珍しく暖かい陽気のせいか、ペトラはジャケットも着ていない。兵団の白いシャツを腕まくりして足元の籠に乾いた洗濯物を軽く畳みながら次々と放り込んでいく。リヴァイの視線に気付くことなく楽しそうに歌う彼女は、兵服をきているのでなければその辺にいる町娘と何ら変わりなかった。
その様子に目を細め、リヴァイは腕を組んで窓枠に寄りかかったまましばらく彼女の後ろ姿に魅入る。
・・・視線を感じて振り向かないだろうか。
振り返ったとして、自分を見つけた彼女は少し驚いたあとふわりと笑うのだろう。そして次の瞬間、鼻歌を聞かれただろうかと羞恥に頬を染めるに違いない。そんな彼女の様子が簡単に想像できてしまい、リヴァイの口元が僅かに緩む。
ーーーーおい、こっち向け。
心の中で念じてみても強い視線で訴えてみても、ペトラはリヴァイに気づかずこちらに背を向けたままだ。
ついぞ溢れ出しそうに逸る感情が、言葉にできない秘めた想いが、視線の先にいる彼女に届けばいいのに。
口にできないから、面と向かって見つめるなどしてやれないからーーーだからこんなふうにまるで盗み見るような、稚拙で未練がましい真似事しかできない。
これでいいと思う反面、このままでは嫌だと思う自分がいる。特にこの古城に移ってからはその思いが強くなっていた。本部にいた頃よりもずっと、ともに過ごす時間が多くなり距離が近くなりすぎてしまった。何かの拍子に感情の赴くままペトラに手を伸ばしてしまいそうになる自分を戒める日々だ。

こんなことばかり考えるのは、この城に来てからひどく時間が緩やかだからか。
相変わらず世界は残酷だし、壁の外は巨人の脅威で埋まっている。果てしない絶望と酷薄の希望の狭間で戦いに明け暮れかろうじて生きている自分たちにはーーーー特にリヴァイには、新たに与えられたこの場所は思いがけず居心地が良すぎた。
時々ハンジたちがなだれ込んだり、エルヴィンが様子を見に来たりとそれなりに慌ただしい日々を過ごしてはいるものの、それでも本部や街から隔離されたこの場所は日常の煩雑さからほど遠く、ともすればほんの一瞬錯覚しそうになる。
実はこの世は平和なんじゃないかと。
ここ何年か自分の下で生き残ってきたこの仲間たちが、ひとつの家族のような気さえしてくる。壁外調査に赴くたびにあっという間に命を散らしていく部下たちを何人も見送ってきた。その中にあって今のこの面子はまだ自分の傍にいる。生きて帰ってくるたびに絆はより深くなっていき、信頼は増し、そうすると今度は欲が出る。
ずっと、この先もずっと一緒に居られるのではないかという幻想を抱いてしまう。
失いたくないと切望するほどにーーーー深く、深く。


リヴァイが物思いに耽っている間に、眼下に映る人影がいつの間にか増えていた。
小さな影に寄り添う背の高い影はーーーエレンだ。
ペトラを見下ろすエレンと、そのエレンを見上げるペトラ。
思わず小さな舌打ちが漏れた。
エレンはペトラより年下だが、それが何の障害になるだろう。リヴァイとペトラよりもよほど歳が近く、話も合うに違いない。あの巨人化実験以来エレンと打ち解けたのはいいが、それにしても打ち解けすぎだろうとリヴァイにしてみれば些か面白くない。エレンが暴走したらそれを止めるのは他でもないペトラたちなのだ。情が移ればその分いざという時にためらいが残る。ペトラは優秀な兵士で公私をきちんと分けることができるとリヴァイは評価しているが、しかし彼女は優しすぎた。その優しさは彼女の美徳だが同時に戦場では仇となることもあるだろう。あの手の甲の噛み傷もおおかたペトラが言い出したに違いなく、あの出来事をきっかけにエルドたちとエレンの距離が縮まり班の雰囲気も格段に良くなったのが確かだが、特にペトラは母性本能をくすぐられるのかやたらとエレンの世話を焼くようになった。
今回の任務につく際、特に女であるペトラには「エレンをうまく手懐けろ」と言った覚えはあるが、親密になれとは指示していない。
ーーー構い過ぎだろうが。年下でも、一応あいつは男だぞ。
男所帯の兵団で生活してきたせいかペトラは男に対して警戒心というものが薄い。おそらく体術の訓練も受けているという自負と元々の性格もあるのだろう、誰にでも気安くしすぎる傾向があり、それがまたリヴァイには心配の種でもある。以前はその心配が可愛がっている部下に対する庇護欲であったのが、最近は一人の男としての独占欲に成り代わりつつあることを、リヴァイは自身の感情の変化を疾うに理解していた。

同時にさっき見た夢の情景が脳裏に甦る。
その夢はとても美しかった。
花吹雪の中で微笑む花嫁姿のペトラ。隣に立つ背の高い新郎の顔はわからなかったが自分ではないことだけは確かだった。何故なら自分は少し遠い場所からその様子を眺めていたのだから。

ほんの数日前のことだ。本部に出向いた折に街で結婚式を見かけたことがあった。
同行していたペトラがその光景に一瞬足を止め、つられるようにリヴァイも彼女の視線の先に目を向けた。
「結婚式ですね」
「・・・・こんなご時世だってのにな」
「こんな時だから、ではないでしょうか」
リヴァイはペトラを見た。ペトラは相変わらず花嫁に視線を送ったまま、静かな声で独り言のように呟いた。
「生きている証を残したいんだと思います。幸せな時間を少しでも愛する人と共有し、子どもを育み、またその子が誰かを愛して家族を持ち、次の世代へと希望を繋げて・・・・」
100年続いた偽の安寧は破られた。いつ巨人の犠牲になってもおかしくないこの状況の中、それでも人は生き、誰かを愛し、血を残してゆく。未来への希望を託して。
「お前も、か?」
「え?」
「お前も巨人を相手にしているより、誰かいいやつを見つけてガキでも育ててるほうが似合いだと思うがな」
そんなことを言うつもりではなかった。しかし心のどこかでそのほうがペトラには幸せなんじゃないかという思いがあったからつい本音が出た。何より、祝福を受ける新郎新婦の幸せを願うような優しい笑みでそれを見つめていたペトラの表情に僅かの寂寥を見つけてしまったせいかもしれなかった。憧れと諦めをその表情に一瞬滲ませた年頃の娘が不憫で、思わず口にしてしまっていた。或は自分が彼女にそんな当たり前の女としての幸せを与えてやれない申し訳なさのような気持ちがあったせいだろうか。
リヴァイの思いがけない言葉にペトラは一瞬目を瞠ったが、ふと視線をはずし何かに思い馳せるように遠く空を見上げて言った。
「そうですねぇ・・・そりゃいつか結婚して子供も産んでみたいですけど。でも巨人を相手にブレードを振り回すことくらいしか取り柄がないんです、私。傷だらけだし、兵士だから女らしくないし・・・だから残念ですけど誰も貰ってくれませんよ」
えへへ、と弱々しく笑う彼女にそんなことはない、とリヴァイが再び口を開く前にペトラはすっとその表情を消して上官をまっすぐに見た。
「それに今は巨人を倒すことしか頭にないですし。兵長の下で一緒に戦えることを誇りに思ってますから、今はそんなこと考えてません」
「・・・・そうか」
それ以上、何を言えるというのだろう。他ならぬリヴァイが彼女を最も危険な最前線の、自分の班員に指名したというのに。第一、口ではそんなことを言っておきながら彼女を手放す気などリヴァイにはない。
調査兵団などやめて幸せになればいいと思う一方で、優秀な部下だからと手放せない自分と。
そんな自分のもとで、ともに戦うことに幸せを見出している迷いのないペトラ。
ペトラの自分に対する尊敬を超える思慕には薄々気付いていたが、しかしペトラがそれをリヴァイに求めたことはなかった。上官と部下の線引きから外れることなく従順に兵士として振る舞うペトラの態度に安堵している反面、必死で想いを隠そうとするペトラに焦れたりもする。一歩を踏み出せない自分を棚に上げ、勝手なことだ。相反する矛盾した想いと葛藤に揺れているのは実はペトラではなくリヴァイのほうだ。

ーーーーそんなやり取りがどこか頭の隅に残っていたのだろう、だからあんな夢を見たのかもしれない。
もたもたしているといつか誰かに攫われてしまうぞと、自分の裡で別の声がする。
目の前のペトラの横に並び立つエレンが、夢の中の新郎と重なり我知らずリヴァイは拳を握りしめた。

何の話をしているのか知らないが、会話する二人の表情は柔らかく楽しそうだった。自分と二人でいてもあんな雰囲気にはならない。例えばエルドやグンタといる時のペトラはまるで兄か先輩に対する妹のような表情を見せるし、オルオ相手ならば同期の気安さからひどく快活だ。そしてエレンだとまた違う表情になる。エレンの境遇を気遣ってか、慈愛に満ちた目でエレンを見る。世話の焼ける弟を「可愛い」と目が口ほどにものを言っている。それがリヴァイには気に食わない。ペトラのそういう表情にはあまりお目にかかったことがなかった。彼女が直接(男の)後輩の面倒を見ている場面を今まで目の当たりにする機会がなかったせいかもしれない。リヴァイではペトラのあんな表情は引き出せない。それは自分たちの関係がただの上官と部下だから。・・・いや、それ以上の関係をリヴァイが持とうとしなかったからだ。
ペトラが高い場所にある洗濯物を指差し、エレンが頷いてシーツに手を伸ばす。二人の弾んだ声がここまで聞こえてくるようで、リヴァイは堪らず踵を返そうとしーーーしかしペトラの次の行動が目の端に映って足を止めた。
ペトラは取り込んだばかりの、手の中の深緑のマントをじっと見つめていた。
そんな彼女に訝しみ、なんだ?とリヴァイは目を凝らす。

それは、ほんの一瞬の出来事だった。

彼女はエレンの目を盗むようにマントをそっと胸に抱きしめた。大切な宝物のように、慈しむように。そうーーーまるで愛しい誰かの代わりのように、自由の翼に頬を寄せて抱きしめていた。
泣きそうな、けれど紛れもなくそれは彼女がリヴァイにひた隠しにしていた女の顔だった。切なさを表情に滲ませ、ペトラは小さく何かを呟くと祈るように目を閉じた。
どくんと鼓動が跳ねる。同時にリヴァイの中で何かがプツンと切れた。
リヴァイにはわかっていた。あれが自分のものだということを。
ーーーー否、あのマントは自分のものでなければならない。

窓を閉めるとリヴァイは部屋を出た。




***




洗濯物を取り込みながら、ペトラは上機嫌だった。
今日はとても良い一日だった。ジャケットがいらないくらいに暖かい陽気、どこまでも続く青い空。時折髪をそよがせる風も気持ちがいい。おかげで昨日の雨で干せなかった分の洗濯物もまとめて乾いたし、気になっていた皆の繕い物も全て終わらせた。ささやかながらアフタヌーンティをゆっくり楽しむこともできた。
「お休みをくださった兵長に感謝しなくちゃね」
丸一日休日にしてくれた部下思いの上官の顔を思い浮かべながら鼻歌を口ずさむ。
それにさきほどから食欲を刺激するスープのいい匂いが辺りを漂っていて、思わず顔も綻ぶというものだ。
城の裏手の竈から炊煙が上がっているのが見えた。今日の当番のグンタが夕食の準備をしているに違いなかった。
「今日の晩ご飯は何かな~」
グンタはこのメンバーの中では一番料理がうまい。これも城での生活で知ったことのひとつだ。エルドは豪快な野営料理が得意だし、自分は母譲りの家庭料理なら自信がある。オルオとエレンに関しては目を覆うしかなく、リヴァイに至ってはそもそも料理当番に組み込まれていないので彼にはたして料理ができるのかどうか判然としない。ただどんな料理や食べ物が出てきてもリヴァイが文句を言うことはなかった。お茶に関しては煩いようだがペトラが紅茶を淹れるようになってからというもの、自分が傍に控えている時はリヴァイは必ず指名でお茶を所望してくれるようになった。それはペトラの密かな自慢だった。
ここが終わったらグンタを手伝おう、とペトラは思う。
紅茶だけでなく、料理も兵長に褒めてもらいたい。滅多にそんなことを言ってくれる人ではないけれど、でもお茶は「旨い」と言ってくれたし。
おっつけエルドやオルオも街から戻ってくるだろう。自分も父に会いに行きたい気持ちはあったが、休日だというのに仕事をしている上官を置いて実家に帰るのはなんだか気が引けた。先ほどもお茶のおかわりを持っていったらリヴァイが珍しくソファでうたた寝をしていてペトラは少々びっくりしたのだ。他人の気配に敏感で誰かが部屋に入ってきて気づかないリヴァイではない。目を覚まさないなんてよほど疲れているのだろうかと心配になり、あとで「何故起こさなかった」と叱責されるのを覚悟でそっとブランケットをかけて部屋をあとにしたのだが、余計なことをしただろうか。
この洗濯物を取り込んだら厨房に行く前にもう一度様子を見に行こうかと考えていると、近くで草を踏む足音がした。
「ペトラさん」
「あら、エレン」
たまたま通りかかったらしいエレンが大きな木箱を重そうに両手で抱え込んで立っていた。
「どうしたの、その箱」
「今しがた本部から届いたんです」
よいしょと木箱を地面におろしたエレンと一緒に箱の中を覗いたペトラは目を輝かせた。
「わぁ、林檎じゃない」
「誰か、兵団の方の実家からの差し入れだそうです。お裾分けにって」
色艶やかな紅い林檎が木箱いっぱいに詰められており、ペトラはひとつを手に取る。
「こんなにたくさん・・・ありがたいことね」
「美味しそうです」
食べ盛りの少年らしい発言にくすりと笑い、ペトラは手にした林檎をエレンに向かって軽く投げた。慌てて受け取ったエレンにウィンクする。
「エレン、ひとつ食べなよ」
「え、でも」
「いいからいいから。こんなにあるんだもの、ひとつくらい構わないでしょ。みんなには内緒にしといてあげるから。味見だと思って、ね?」
「うわぁ、ありがとうございます!」
早速林檎に齧りつくエレンをペトラは微笑ましく見つめた。
大変な力を持っているが、エレンは実際ともに生活をしてみるとまだあどけない普通の15歳の少年だった。林檎ひとつに喜ぶ、こんなにもこの子はまだ子どもなのだということを改めて実感する。
手の甲の傷をそっと撫でる。あの実験でエレンには申し訳ないことをしたけれど、結局エレンを受け入れてよかったと今は心から思っている。
「ペトラさんも食べませんか?」
ちょっと酸っぱいけど美味しいですよ、と頬を栗鼠のように膨らませたエレンにペトラはプッと吹き出す。
「あとで皆と一緒に頂くわ。それより今はこの洗濯物を片付けちゃわないとね」
「あ、俺、手伝いますよ」
「じゃあそっちで干してるジャケットお願い」
「了解です!」
早々に食べ終わったエレンが一段高い場所に干してある兵服に手をかける。
「そうだ、さっきの歌って何ですか?」
「え、嘘、やだ、まさか聴こえてたの!?」
キャー恥ずかしーと顔を覆うペトラにエレンはまずかったかなと思いつつ訊く。
「いえ、その・・・楽しそうに歌ってるなあと思って。そういえば母さんも洗濯物を干してる時なんかによく歌ってたなって思い出したんです。それで厨房に林檎届けに行くはずがついこっちに来ちゃって」
「そう・・・・お母様が」
エレンの母親が巨人の犠牲になったことは調書で知っていた。だからはためく洗濯物を見上げるエレンの少し寂しそうな横顔にペトラは胸が詰まりーーーそして慰めの言葉の代わりに再び歌う。
「ペトラさん?」
1フレーズ歌ってから、ペトラは歌の名をエレンに告げる。
「・・・これね、祝福の歌なの。よく出産や結婚式なんかのお祝い事で歌われてるものなんだけど。こないだも兵長と本部に行った時に街で結婚式を見かけてね、参列者が新郎新婦にこの歌を贈ってたの。今日みたいな澄んだ青空で、花吹雪が舞っててーーーとても素敵な光景だったわ。だからかしらね、頭にフレーズが残っててつい口ずさんじゃった」
「そうだったんですか」
「うちの母ももう亡くなってるんだけど、やっぱりエレンのお母様と同じように母も洗濯物を干してる時や花の手入れをしている時なんかに歌ってたわ。この歌は子守唄としても有名なのよ。・・・そうやって歌い継がれていくのかもね」
「だったらペトラさんも、もし結婚して子どもができたりしたらそうやって子守唄を歌ってあげるんですね」
「・・・・そうね、そんな未来になればいいけど・・・・」
「大丈夫、絶対巨人を絶滅させて俺たちの未来を取り戻しましょうよ!」
「ふふ、頼もしいなあ。じゃあエレンにしっかり頑張ってもらわないとね!」
「はい!・・・・えーっと・・・巨人の力を自分で制御できるように頑張ります・・・」
「そうそう、その意気!」
くすくすと二人で笑いあった。エレンが未来の話をする時、いつもペトラの胸に温かなものが残る。巨人と戦ったことがあるとはいえ壁外調査をまだ経験していないせいか、それともエレンの元々の性格によるものなのかは判らないが、彼はいつだって前向きに夢を語る。若さ故の力強いその瞳の真っすぐさと素直な言葉に励まされる。目を輝かせて未来を夢見るエレンの姿は、ペトラが半ば失い諦めてきたものだから余計に眩しく映った。
けれどリヴァイと未来の話をするのは少しつらく、切なかった。それはきっと自分が彼に上官として尊敬以上の気持ちを抱いているせいだ。だから先日の結婚式の時に他人事のように言われた言葉が胸に刺さる。調査兵団を辞めて誰かと結婚するなどペトラには考えられなかった。ましてやリヴァイの傍を離れるなど。やっと彼の傍近くで戦うことを許してもらえたのに自らその場所を放棄する気はない。けれど一抹の淋しさがないといえば嘘になる。兵士としてしか、彼と重なる未来を思い描くことができない自分はどこか滑稽なように思われた。いつの間にか巨人を倒すことが第一ではなく、彼の傍にいることが目的になっているんじゃないかと自分の中に芽生えた欲を恥じている。公に心臓を捧げたけれど、心の裡では密かにリヴァイにすべてを捧げることを誓っているのは偽善だろうか。
ふるふるとペトラは頭を振る。
余計なことを考えるな、ペトラ。ダメよ、心を揺らしちゃ。
古城で生活しはじめて、リヴァイとさらに近い距離を肌で感じてーーーますますリヴァイ個人に惹かれていく自分を止められない。「ペトラ」と彼の低い声が自分を呼ぶたびに胸が震え、嬉しさと切なさに泣きたくなる。恋がこんなにも甘美で胸に痛いものだなんて、ペトラはリヴァイに出逢うまで知らなかった。
けれどこの恋心は最前線では色々な意味で命取りだった。必死で隠しているこの想いがいつか溢れ出てしまいそうで怖くなる。絶対にリヴァイには知られたくなかった。尊敬以上の感情を持っているなど知れたら、もう彼の部下ではいられない。
リヴァイ本人に言ったように自分の先のことは割り切っているつもりだし、今の自分の境遇に心から満足している。それについて後悔はない。ずっと彼の傍で戦うためにはこの恋は必要ないものだ。
・・・でも、いつまで?
目の前で風にたなびくリヴァイのマントをペトラは見つめる。
いつだってこの背中の翼を追いかけてきた。
時々振り返ってくれる彼の眼差しに自分はどれほど勇気づけられ、生き延びてきただろう。
いつまで自分は彼の翼とともに空を翔けることができるのだろう・・・・。
半ば無意識に、ペトラはするりとマントを手に取り抱きしめた。
ちょっと、だけ。
今この一瞬だけ、気持ちを伝えてもいいよね?
そっとそっと。彼の人を抱きしめるようにマントを胸に抱く。
自由の翼に頬を寄せ、ペトラは自身ですら聞き取れない程の囁きで決して届くことのない言葉を紡ぐ。
リヴァイ兵長。
ーーーーーお慕いしています・・・。
想いも未来も重ならないのならせめて、この翼だけでもいつまでも寄り添わせてください。
貴方を傍で支える一翼になりたい。
・・・・それだけが私の望みです。

「・・・ペトラさーん、こっちもですか?」
エレンの声にペトラはハッと我に返った。慌ててリヴァイのマントから顔を上げ、丁寧に畳む。
「あ、ええっと、じゃあお願い」
はーいと返事をするエレンにぎこちなく頷いて、ペトラはほぅと胸をなで下ろした。
本人に直接告白したわけでもないのに、頬が熱い。
「私って莫迦だなぁ」
マントに告白したってなんにもならないのにねと自嘲するが、けれど心はどこか晴れやかだった。
これでいいのだ、きっと。
リヴァイの背中を追いかけられるのはとても幸せなことだと私の心は知っている。
それだけで充分。
この木箱の林檎と同じ。まだ完熟しきっていない甘酸っぱい恋心。そのまま熟すことなく胸の奥深くしまっておけば、いつしかこの恋も淡くとけて良い思い出になるだろう。
黙々とシーツを取り込みながらペトラはそう自分に言い聞かせ、そしてエレンに声を掛けた。
「ありがとエレン。あとはもう、」
自分でするから、という言葉は、唐突に割り込んできた第三者の声に阻まれた。
「・・・・・楽しそうだな」
「え、」
リヴァイがいつの間にか傍まで来ていて、驚きのあまりペトラは飛び上がった。
「へ、兵長・・・・!?」
まったく気配を感じさせない上官の突然の出現に、ペトラは何とか動揺を隠し表情を繕った。
「どうして此処に・・・あの、何か御用でしょうか?」
「いや・・・・、」
「・・・・?」
火急の用事だろうかと背筋を伸ばしたが、リヴァイは相変わらず感情の読めない顔でただペトラの前に立っているだけだった。
黙ったままのリヴァイにペトラは首を傾げた。そういえばあれから兵長はいつ起きたんだろう。もしや「起こさなかった」と叱責に来たのだろうかとペトラが今更冷や汗をかいていると、声を聞きつけたエレンがリヴァイの姿を認めて走り寄ってきた。
「あれ、兵長?」
「エレンよ」
いつもよりさらに低い声にエレンはびくっと肩を跳ねさせる。
「はいっ!」
「その箱は」
ペトラの足元に置いたままの木箱を顎で指し示すリヴァイにエレンが応える。
「さっき本部から差し入れがあって」
ちらと中身を確認したリヴァイが「・・・林檎か」と呟き、次いでじろりとエレンを睨め付けた。
「そもそもお前、今日厩当番じゃねえのか。馬の手入れはもう済んだのか?」
「あっ、そうでした!厩へ行く途中で本部の方が来てこれ預かっちゃって」
「だったらこんなとこで油打ってねえで、厨房にこいつを届けてさっさと厩へ行け」
「はいぃっ!」
慌てて木箱を抱えて退散するエレンを見送ったあと、ペトラは控えめにリヴァイを見た。
「兵長、あの、エレンは私をただ手伝ってくれていただけで当番をさぼってたわけじゃないですよ」
「判ってる。・・・あいつに見物させるわけにはいかねえからな・・・」
「は?」
「それはそうとペトラ」
「は、はい」
「お前ちょっとエレンに甘すぎるんじゃねえのか」
「え、そうでしょうか・・・・?」
何か甘やかすようなことをしただろうかとペトラは逡巡したが、リヴァイはひとつ溜め息をついただけでその件にはもう触れず、かわりに下げた視線の先に落ちていたものを拾い上げた。
「・・・これは・・・」
拾った小枝には小さな白い花がついていた。リヴァイの手元を覗き込んだペトラはああ、と声を上げた。
「林檎の花みたいですね。普通実がつくまでに花は落ちてしまうものですけど・・・これは実がつかなかったんですかね。さっきの箱に紛れてたんでしょうか。珍しいですね、この時期まで花が残ったままなんて」
「・・・・・」
「・・・・・兵長?」
林檎の花をじっと見たままのリヴァイに、ペトラはどうかしたんですか?と問いかける。
するとリヴァイは枝についた花を手折り、あろうことかそれをペトラの耳にかけた。
突然のリヴァイの行為にペトラは驚き、そして一気に頬を紅く染めた。
「・・・・・悪くない」
「え、あ、あの・・・・っ、」
耳に花を挿したまま目を泳がせたペトラの狼狽ぶりが少し可笑しく、少し愉快な気持ちになってリヴァイの口角が僅かに上がる。
「お前その顔・・・さっきの林檎より赤いぞ」
「だっ、て・・・・っ、兵長がいきなりこんな・・・・」
「らしくねえのはわかってるが。・・・まぁ、たまにはな」
ガキに遅れを取るのは我慢ならねえと小さく呟かれた言葉は、いっぱいいっぱいのペトラの耳には届かない。
呆然と立ち尽くすペトラをよそに、リヴァイはその手に握られたままの洗い立てのシーツを奪った。
「へ、いちょう・・・・?」
ふわりと目の前を舞ったシーツの白がペトラを覆う。リヴァイの意図が掴めずペトラは戸惑った表情のまま上官を見上げた。
さながらそれは花嫁のヴェールのようだった。リヴァイは目を細め、眩しいものでも見るような表情をした。
「・・・・即席の花嫁だな」
相変わらず抑揚のないリヴァイの声にうっかり聞き流しかけたペトラは一拍置いた後、目を瞠った。いま、目の前の人からありえない言葉を聴いたような気がして、躯が震える。
「あ、あの・・・・」
今のはどういう意味かと口を開きかけたら、再び伸びてきたリヴァイの指が自分の唇をなぞり言葉を失う。唇に触れるリヴァイの親指だけに神経が集中して既に頭の中は真っ白だ。
「野暮なことは聞くなよ。・・・・察しろ」
「・・・・・っ、」
リヴァイが真っ直ぐに自分を見ている。ひどく凪いだ瞳で、優しい声で。その言葉の意味するところを混乱する頭で何度も反芻し、信じられない思いでペトラはリヴァイを見つめ返した。
「ど、うして・・・急に・・・こんな」
「どうしてだろうな・・・・夢見が悪かったせいかもしれねえな」
「い、意味わかんないです・・・」
「だろうな」
それはそうだろう、リヴァイに判らないものがペトラに判るはずもない。リヴァイ自身、自分のこの行動が信じられなかった。急にーーー何かが焼き切れたように衝動的に此処まで駆け下りていた。今すぐペトラを掴まえたい、その一心がリヴァイを突き動かした。ただ、この想いは何も今唐突に湧いて出たものではない。たくさんの想いが降り積もって溢れたのが、きっと今この瞬間だっただけのことだ。
「こんなご時世じゃ未来を約束することもできねえが。・・・・今はこれで許せ」
ペトラは胸がつまり、ただふるふると首を振った。何か言いたいのに声が出ない。様々な感情が渦になって胸に押し寄せ、涙の膜が目の前のリヴァイの姿をぼかしてしまう。ちゃんと、見ていたいのに。こんなにも穏やかな表情をする彼をペトラは今まで見たことがなかった。だから目に焼き付けておきたい。自分に向けられるその表情を、その言葉を。
「兵長・・・・わ、私」
ーーー私、兵長のことを。
ついさっきまで口にしてはいけないと戒めていた言葉をペトラは囁くように唇に乗せた。それに応えるようにリヴァイがそっとペトラを抱き寄せた。
「知っていた・・・・それで隠しているつもりだったのか、ペトラ」
今にも膝から頽れてしまいそうな腰をリヴァイの片手が難なく支えてくれる。
「う、そ・・・」
それに、とリヴァイがどこか呆れたような口調で言った。
「どうせ抱きしめるんならマントなんかじゃなく、本人にしろ。莫迦が」
「・・・・・!!」
リヴァイの腕の中でペトラは硬直した。
み、見られてたの・・・・!?
「ご、ごめんなさ・・・・」
「・・・・まぁ、覚悟を促されはしたがな」
「え・・・・?」
シーツのヴェールの端を軽く引っ張ったリヴァイに促されるように、ペトラは彼を見上げた。
「俺なんぞが未来を語る資格など有りはしないが。それでも同じ夢を見るくらいなら構わないだろう?」
ほぼゼロの距離で。
アッシュグレーの瞳の奥に宿る熱を、ペトラは初めて知った。
「へいちょ・・・、」
「目、閉じろ」
軽く命令口調で言われ、条件反射で慌てて目を閉じると同時に唇に感じる仄かな熱。一瞬触れただけの唇がもう一度落ちてきて今度は深く重なり、そしてゆっくりと離れていく。
「本番は全部終わってからだ。だから悪いが・・・もう少し待て」
ペトラの瞳からぽろりと涙が一筋頬を伝い、それをリヴァイの指が拭う。
「ペトラ、返事は」
「は、はい・・・・、」

ーーーーそれはたった一分間の儀式。
けれどペトラにとっては永遠にも等しい、奇跡の一瞬。
重ならないと諦めていた未来が、もしかしたら。
「ありがとうございます、兵長・・・・」
「礼を言うのはまだ早いぞ。叶えてやれねえかもしれないからな」
「それでもいいんです・・・そのお言葉だけでーーー充分です」
「欲がないな」
「ありますよ。だって今だけは、私が兵長を独占してるんですから」
こんな贅沢ありませんとペトラは微笑み、リヴァイはそれに苦笑で返す。
「・・・だったらずっと独占してられるよう、生き延びろ」
シーツごと抱き締められ、耳に寄せられたリヴァイの囁きにペトラは涙を滲ませたまま小さく頷いた。
「・・・・・はい・・・・・必ず」

ドレスも指輪も花吹雪も人々の祝福も、何もない。
次の瞬間には二人はただの上司と部下に戻らなければならない。
そして明日からまた、何事もなかったように兵士としての日常を送るのだ。
それはしかたのないことで、けれど今となってはそれでもいいと思えた。
一番大切なものは互いの胸の奥深くにちゃんと息づいて。
その強くひたむきな想いがある限り、この残酷な世界で生きるふたりの一縷の希望の光となるだろう。


リヴァイの腕の中、かりそめの花嫁はあの夢の中よりもずっと幸せそうに笑った。









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一分間の花嫁。もう何番煎じ甚だしいですが、古城生活でほんのちょっとでもこんな幸せな時間があったのならいいなあと願いつつ書いてみました。
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【 2015/02/13 】 SS | TB(-) | CM(0)
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プロフィール

チャコ@まま

Author:チャコ@まま
関西在住のおたママ。
只今三人の息子達を相手に育児奮闘中。

マンガ・小説・アニメ・特撮・舞台・ジャニ等、大好きなもの雑多な管理人です。
09/侍の殿様と11/海賊の船長と単車乗りの鳥系幹部を愛してます。現在、人類最強兵長敬愛中。

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